みちこの幕末日記

   世に生を得るは事を成すにあり。

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神戸の「和田岬砲台」を見学したのは三年前になります。
この史跡は三菱重工業株式会社・神戸造船所内にあります。
電話予約しますと係員の方に案内して頂けます。
造船所の構内は約6000人の方が働いていて、普通では入れない貴重な造船作業も見学できます。

砲台は石垣の崩落が見られ、危険ですので内部見学が不可能となっていました。
外周を巡ると140年よくぞ持ち堪えてくれたとそんな気持ちが沸いてくる砲台です。
兵庫県史跡第一号に指定されました。当時の建設費は現在の価値で25億円、
工事中には家茂や慶喜が視察に来たそうです。
当時は漆喰の白が海の青さに映えて、綺麗だったそうです。
その漆喰も剥がれ落ちていました。
年間300名ほどが訪れ、幕末に思いを馳せておられます。

復旧工事を願っていましたら、2012年には再び内部見学ができるとのこと。
再び、訪れたいものです。

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幕末に勝海舟が設計した「和田岬砲台」80年ぶり改修へ

 外国船の襲来に備え、幕末に勝海舟(1823~99)が設計した兵庫県内初の国史跡「和田岬砲台」(神戸市兵庫区)の老朽化に伴い、約80年ぶりとなる本格的な改修工事が8日、始まった。阪神大震災以降、外壁がはがれ落ちるなど危険な状態が続いていたため、砲台を所有する三菱重工業神戸造船所(同区)などが<平成の大修理>を計画。2012年度までに修理を終え、震災以降は公開を中止していた砲台内部を見学できるようにする。

 砲台は1864年に完成。外側は花こう岩の石造り、内側は木造2階建ての円筒形で、直径約15メートル、高さ約12メートル。実戦には使用されず、1921年に国史跡に指定された。
 円筒形の砲台は江戸末期、大阪周辺の4か所で造られたが、内部の木材が現存するのは和田岬だけ。砲弾を保管するための棚や、砲身を冷やすための井戸など当時の様子がうかがえる。

 大規模な修理は、1927年以来。近年、外壁の石の剥落(はくらく)や、内部のシロアリ被害などが目立つようになり、同造船所は震災後、内部の一般公開を中止。危険なため、2006年からは周辺への立ち入りも禁止した。
 改修は、国などの補助を受け、約5億6000万円をかけて取り組む。内部の木材を一度すべて取り外し、古いケヤキの柱などを交換したり、外壁の石のすき間を埋めたりする。

 この日は、近くの和田神社(奥田雅人宮司)で安全祈願祭があり、関係者約20人が工事の無事を祈った。同造船所の担当者は「大切な史跡を多くの市民らに再び見てもらえるように、しっかり修復したい」と話している。

4 Responses to 「和田岬砲台」

  • 写真の砲台は140年前のものなのですね!?
    内部は危険との事ですが、当時のままの物が残っているというのは、歴史ファンとしては物凄く嬉しいです。
    勝海舟が設計したのですね!
    新選組は見に行って無いでしょうけれど、家茂や慶喜が視察した、と聞くと、テンション上がります(*^_^*)
    3年後、修理が終われば内部見学、私も是非、してみたいものです。

  • >あさぎさま
    現存する当時の物です。
    2006年の12月に神戸史跡巡りオフ会を
    しました。その時は、もう立ち入り禁止でした。
    3年後、オフ会を企画しますから、是非、ご参加下さいね。

  • 和田岬砲台が改修されるのですね~
    修復後は、見学することも可能なのですね!!
    私も、是非観てみたいものです☆

  • >まーさま
    数年前まで内部見学できていました。
    三年後、神戸オフをしましょう。
    神戸もたくさん幕末維新の史跡がありますから。

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