みちこの幕末日記

   世に生を得るは事を成すにあり。

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Monthly Archives: 1月 2011

101219_4-thumb-500x351-206.jpg  函館に昨年完成した「箱館奉行所」、なんと忠実に復元し過ぎたために、室内が氷点下になり見学者から苦情が相次いでいるそうです。昔の人は我慢強かったのですね。幕末維新以後の百数十年で、日本人もひ弱になったということでしょうか。

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 【函館】函館市が昨年7月、国特別史跡・五稜郭内に復元し、初の冬を迎えた箱館奉行所で観光客から「寒すぎて十分見学できない」との苦情が相次いでいる。完全復元を原則とする国の方針に従い、幕末期の構造を忠実に再現したため通気性に富み、暖房設備が十分でないためだ。管理する市教委は、文化庁と近く対策を協議する。
 
 「今の室温は2度。時には氷点下になる」。奉行所奥の暖房機のない部屋で、加納裕之館長(78)は話した。「室内でもコートは手放せない」という。
 
 箱館奉行所は1864年(元治元年)に幕府が北方警護のため建設し、71年(明治4年)に解体された。市が27億円かけて139年ぶりに復元。公開後の入場者は21万人(21日現在)で、すでに初年度目標の15万人弱を大幅に超えた。
 
 ところが、昨年12月ごろから寒さへの苦情が絶えない。職員は「凍えてすぐに退館する人も。苦情は多い日で10件はある」 防寒対策のため、雨戸を閉めたことも裏目に。室内の照明は最小限しかなく「暗くて展示が見えない」との指摘も出始めた。
 
<北海道新聞1月22日夕刊掲載>
 

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   NHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」が始まりました。

 東京都港区の増上寺が四月から十一月まで、歴代将軍らが眠る「徳川将軍家墓所」を初めて年間を通して公開してくれるそうです。大河ドラマの勢いが特別な措置へと導いてくれました。

 徳川家墓所は、法要など年七回に限り無料公開していて、予約のみ団体客に有料公開していました。「篤姫」が放映された2008年には、和宮の墓所があることから、その年の参拝客の数が例年の一万人程度から倍以上に急増しました。今年は大幅に上回る参拝客を予想。予約のない一般客についても、有料(大人五百円)で参拝を認めることになったそうです。

 
 そして、墓所内には、戦災で焼失する前の秀忠夫妻の霊廟の貴重な写真計六点のパネルも展示しています。歴史ボランティアも説明役として活躍します。 寺の僧侶十人による「プロジェクトチーム」を結成し、受け入れ態勢づくりに万全とのこと、「四百年前に存命したお江をしのぶ気持ちで参拝してもらえれば」と話しておられました。 なんとか行きたいですね。

<増上寺> 浄土宗大本山で、東京・上野の寛永寺と並ぶ徳川将軍家の菩提寺(ぼだいじ)として知られる。墓所に秀忠夫妻のほか5人の将軍、正室、側室など計38人が埋葬されている。戦前までは、現在の境内の南北計約3万坪の敷地に壮大な霊廟(れいびょう)が並び、国宝に指定されていたが、空襲でほとんど焼失。1958年に現在の墓所に改葬された。 
              増上寺 http://www.zojoji.or.jp/info/index.html

                 

top.jpg 岡山新選組準備会に、去年暮れから参加させて頂いております。

以下、HPからのご説明を転載させて頂きます。
岡山に住んでいますが、幕末友達がいなくて、寂しい思いを
していました。一挙にゼロ人から、数十人に増え、これからが楽しみです。
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なんで岡山で新選組?
意外と知られていませんが、新選組と岡山県は結構縁が深いのです。
 
岡山県出身の新選組隊士には、副長助勤・谷三十郎と万太郎、周平の谷三兄弟、
土方歳三の側近・安富才輔、箱館新選組の備中松山藩士等二十数名おり、
全国でも有数の隊士出身県となっています。
 
岡山市南区飽浦の永倉新八生家長倉家墓所には永倉の供養碑がありますし、
平成二十年には岡山市北区足守で安富才輔の墓碑も発見されました。
 
その岡山に新選組を愛する人達の集いの場となる会をつくろう、
みんなに岡山と新選組の事を知ってもらおう、
その準備として設立されたのが「岡山新選組準備会」なのです。