みちこの幕末日記

   世に生を得るは事を成すにあり。

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Monthly Archives: 3月 2014

■永倉新八の伯父の子孫/長倉達郎さん(76)

 幕末の京都で勇名をはせた新選組。彼らを愛する人たちでつくる「岡山新選組準備会」の顧問として、新選組の魅力や隊士たちの生き様を講演やブログで伝えている。祖先は二番隊の組長だった永倉新八。新選組を通し、全国のファンと交流を広げるのが何よりの楽しみだ。

 新八は北海道の松前藩の藩士だったが、脱藩して「長倉」から「永倉」に改名して新選組に加わった。剣の腕前は沖田総司を上回るほどだったとされ、長州藩士ら約30人を襲撃した池田屋事件(1864年)でも活躍した。新選組を仕切った会津藩が新政府軍に降伏した後は松前藩医の婿養子となり、今の北海道大の学生たちに剣道を教えた。

 新八の伯父から数えて5代目にあたる。もともとは関東で暮らしていたが、戦争の空襲を避けるために小学生の時に県内に移住した。5年生の時、新八が新選組について語った新聞の連載記事の切り抜きを本棚でたまたま見つけた。「でも、日本史が嫌いで関心を持ちませんでした」

 建材会社を経営していた1965年ごろ、歴史研究家が新八のことを調べるために自宅を訪ねてきた。「日本史に興味がない」と話すと、「子孫がそんなことではいけない。先祖を顕彰すべきだ」と叱られた。ちょうどそのころ、小説や映画で新選組が取り上げられ、ブームになりつつあった。新八と新選組について記された文献を読んで勉強するようになった。

 準備会ができたのは2010年だ。副長の土方歳三の側近だった安富才助の墓が岡山市内にあることを歴史研究家と一緒に突き止め、土方の出身地の東京都日野市にある新選組の同好会と協力して墓の慰問ツアーを企画。県内外から50人以上が参加した。そのときの一部の参加者で準備会を発足させ、今はメンバーが約40人いる。

 高梁市や岡山市の地域の祭りに参加し、新選組について解説したパネルを展示しているほか、年に4、5回集まって勉強会や講演会を開いている。日野市や京都市など、全国各地の新選組の同好会が集う「全国新選組サミット」にも参加している。

 12年に自身のブログを立ち上げ、新選組についての思いや準備会の活動などを発信している。「県内出身の隊士は二十数人いて、岡山は新選組にゆかりのある土地柄。もっと会員を増やし、正式な会にしたい」と意気込む。

 自宅にある新八直筆の書には、筋を貫く信念の言葉がつづられている。「筋を通す生き方にみんなあこがれる。私もこうありたい」(吉村治彦)

朝日新聞デジタルより (以下のサイトに画像があります)

■ながくら たつお 76歳 1937年、神奈川県生まれ。戦時中に新見市に疎開し、その後、岡山市に引っ越した。建材会社経営などを経て、今は建設業界紙の記者。岡山新選組準備会のメンバーには安富才助の縁戚や土方歳三の姉の嫁ぎ先の子孫も加わる。準備会のホームページは(http://okayamashinsengumi.web.fc2.com/)。長倉さんのブログは「岡山新選組の新八参上」で検索。

 

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2014年3月9日(日)に京都の壬生で開催されました「第8回 山南忌」に参加してきました。

記念行事は、

・ 小島資料館館長 小島政孝氏 講演  『土方歳三の書簡にみる人間像』

・ 島原 司太夫 奉納舞 『黒髪』 ・ 天然理心流 居合演武

終了後、京都守護職屋敷側(現・京都府庁)、長徳寺の門前にあります「会津藩洋学所跡地」の碑を見に行きました。

☆元治元年(1864)蛤御門の変の年、会津藩士・山本覚馬は長徳寺内に洋学所を開設した。  明治12年(1879)覚馬は、初代京都府議会議長に就任し、京都の発展に貢献することになる。

「老いてこそ過激に生きよ」 星亮一 イースト新書 ◎歴史作家による人生の指南書

「維新の後始末」 野口武彦 新潮新書  ◎野口武彦氏の最新作

「きまぐれ歴史散歩」池内紀 中公新書  ◎日本全国、網羅していますよ

「西郷隆盛の首を発見した男」 大野敏明  ◎鹿児島市の南洲墓地に眠る西郷の首は本物であった

「幕末・京大坂 歴史の旅」 松浦玲 朝日選書 ◎非常に奥が深い史跡案内書

「横井小楠」 松浦玲 朝日選書 ◎小楠を深く知りたいと思ったので

「明治維新の敗者と勝者」 田中彰 NHKブックス ◎教科書的ですね

「維新政府の密偵たち」 大目方純夫 吉川弘文館 ◎スパイ物語、興味津津です

「戊辰戦争の史料学」 箱石大 勉誠出版 ◎とても分かり易い戊辰戦争史料紹介

「高梁川」 ◎地元倉敷の歴史愛好家による冊子です

「世界の好敵手」 ムック誌 ◎写真と絵で楽しめます

「東京人」3月号 ◎霊園巡りの特集、冬場だから楽しめます

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