みちこの幕末日記

   世に生を得るは事を成すにあり。

月別アーカイブ

1 44 45 46

やっと秋らしい天候になってまいりました。
日中はまだまだ暑いですが、体調の崩れなど
なさいませんように!

さて、今月の新刊です。

「鞍馬天狗」 川西 政明・著  岩波新書 700円

 大正・昭和の小説や映画で一時代を築いた鞍馬天狗。
大佛次郎のシリーズ小説四十七作を基に、勤王の浪士と
して幕末をどう生きたか、その革命観、人を斬る意識の
移り変わりを綿密に分析する。

「幕末維新・あの人のその後」  日本博学倶楽部 
                   PHP文庫 514円

 新撰組から明治の指導者、かの坂本龍馬、最後の将軍
徳川慶喜など、幕末の輝けるヒーローは数多い、ところが、
彼らの名前は知っていても、「あの人は、それからどう
なった?」と聞かれたら思わず悩んでしまうものだろう。

 本書は誰もが知っている有名人からキラリと光る名脇役
まで、彼らの気になる「その後」を大紹介!「新選組隊士・
斎藤一は警視庁で働いていた?」「将軍・徳川慶喜は維新
後どうなった?」「榎本武揚はシベリア横断旅行に出かけ
た?」など、教科書には載っていない意外なエピソードが
目白押し。
つい他人に話したくなる話題満載の歴史雑学本。

では、また。

梅雨明になって始めての猛暑、いかがお過ごしでしょうか。
昨日は東京から友達が来て、備前焼美術館を見学した後、
こちらの名所「閑谷学校(しずたにがっこう)」へ連れて
行こうとしたら車のクーラーのつけ過ぎで、オーバー・
ヒートをしてしまいました。
ちょうど駅前で故障しましたので、駅のお手洗いでペット
・ボトルに水を入れ、エンジンに向かって水を掛けまくり
大変な目にあってしまいました。
クーラーの付け過ぎ、くれぐれもお気をお付け下さい。
以下、備前市の紹介ページです。
http://www3.ocn.ne.jp/~bizenst/index.html

で、本日、本屋に行きましたら、出ていました
「別冊 宝島」
以下、紹介ページです。
http://pub.twn.ne.jp/betaka_new/479663469x.html

来年の大河、近藤勇が斬首されるところで終わるようです。
NHKも予算難で戦闘シーンまでいくとお金が掛かり
過ぎるとのこと。

では、お暑い中、くれぐれもお体ご自愛のことお祈り
しております。

幕末維新おもしろ話、その4、「靴」

日本で最初に靴を履き愛用したのは坂本竜馬、その靴を普及させたのは
大村益次郎、彼は明治三年三月十五日に軍靴の製造を始めたので、
それを記念して現在、三月十五日は「靴の日」。

明治維新によって武士が失業し、各藩では、その対策に頭を痛めていた。
そこで、現在の千葉県北部にあった佐倉藩が、道場だった所を
職業訓練所に改造し、約二百人の士族を集めて製靴技術を習得させる
という妙案を思い付く。

竹刀を持つ手に金槌を持った元侍達の作った靴、
いったい、どのようなシロモノだったのであろうか。

今年も夏の京都を歩いて来ました。
以下、まとめです。

内容
11時 京都国立博物館の「坂本龍馬展」見学
12時 から史跡めぐり

耳塚 
 豊臣秀吉の朝鮮出兵で送られてきた耳を埋葬した所です。
 (大きな石塔がありました)博物館からすぐの所でした。

たばこ工場発祥の地
 明治のたばこ王 村井吉兵衛が日本で最初に作ったたばこ工場です。
 (赤レンガ造りで、今は洋裁の工場)
 この創設者は、円山公園の横にある洋館「長楽館」の
 オーナーです。これで儲けてあんな豪邸を作ったのですね。

清閑寺
 西郷と月照の密会現場の茶室があった所です。
 もう現存はしていません。
 平家物語の小督の局が出家させられたお寺
 (すごい山の上にありました。『山寺』という感じです)

清水寺
 (清閑寺から山伝いに行けます)

休憩 産寧坂でお茶

司馬遼太郎のお墓参り
 西大谷本廟内にあります。
 http://www.hongwanji.or.jp/honbyou/
 行かれたい方へ
 最寄り駅は京阪五条駅です。 
 北門から入って、観学堂という小さいドームの向こう側です。
 お墓がいっぱいあるのでわかりにくいですが、東向きに建ってて、
 ちょっと変わった(平べったい)形をしてました。
 石塔の通路側に司馬遼太郎って書いてるのでそれを探して
 ください。
 管理人にお聞きになれば地図を頂けるそうです。

戒光寺(泉涌寺の手前の寺)
 伊東甲子太郎達のお墓
 藤堂平助のお墓が1番花が多く人気があるようでした。
 大正時代に宮内庁が作った石塔らしいですが、どうも粗悪な
 コンクリートみたいでボロボロでした。

休憩 先斗町の月ヶ瀬

高瀬川沿いをそぞろ歩き

岡田以蔵の刀傷
土佐藩役宅跡
土佐稲荷
大村益次郎寓居跡
武市瑞山寓居跡
吉村寅太郎寓居跡
桂小五郎寓居跡
舎密局跡
(明治に京都の振興のために作られた科学工場で石鹸や鉄砲水
 やビールを作って普及活動をしてたそうです)
桂小五郎終焉の地

幾松の続きどす。

現在の経営者の祖父が 現状維持を条件に明治23年に購入し、
古くなった釣り天井の板が重石の重みでいつ割れてしまうか
分からないので取り除くのが大変だったそうです。

以下、その経営者からのお話、

**********************************************************

むかしは ひょうたんに入った酒を買い求め お酒が無くなったら
またそのひょうたんをもって酒屋へ行くそうです.

幾松はんがひょうたん片手に酒屋へ行く姿を認めた新撰組の2人。
近藤勇に報告.

小五郎のいたその部屋の廊下から 当時は玄関が垣間見られ
時には見張りを置いたと言う.
新撰組の袖が翻るのをチラッとみた幾松. 片手を鞘に今まさに
抜こうとする小五郎の手を押さえ 長持ちの中に身を隠させる.

近藤はんたちが家中を捜すも 長州藩士が見当たらない.

最後に長持ちの中をあらためようとする. 長持ち背中に
三味線を弾いていた幾松. 長持ちに触れた近藤はんの手に
三味線の撥(ばち)をぴしっと充てて…

「これほど館中を検めて 私に恥を掻かせた上にもしも
この長持ちの中にどなたも居ないとなったおり、近藤はん
あなたがこの場で切腹してくれるとおっしゃるなら 
どうぞ いつにても お検めくださいませ」

幾松の度胸に惚れたか 近藤勇はんは黙ってその手を引いて去る.

そんな若き日の想い出のせいか 木戸孝允となった小五郎の死後
この部屋に住みたいと申し出て45才で没するまで 静かに暮らした…

********************************************************

ここ4年間の私の講義集が間違って消去されまして申し訳ありません。
また一から、スタートします。

京都の友だちがあの幾松に行きましたので報告メールが届きました。
http://r.gnavi.co.jp/k015000/

************************************************************

実は ここ お昼でも7~8000円のお値段なんだそうです.
たまたま 今回の幹事さんが若奥さんとお知り合いで 特別料金の御料理
を作ってくれていました.

と言う訳で 幾松さんが晩年過ごしたと言う御部屋も店主さんの説明付
きで見ることが出来ました.

すぐ近くの 京都ホテルオークラ(旧京都ホテル)辺りが 長州藩の
藩邸で幾松では密会合がよくもたれたらしい.

近藤はんが乗り込んできたとき 幾松はんの機転と度胸で桂小五郎
はんを隠し通したというおおきな長持ちや 小五郎はんの自筆の掛け
軸ほか3点 坂本龍馬はん 桂小五郎はん 佐久間象山先生のお写真と
後に幾松はんの写真を元に書かれた肖像が 飾られていました.

なにより 初めてつり天井を見ました.
和紙を張られた天井の殆どを埋めるような大きな板 その板の周りを
杭で打ちとめて 天井裏には重石2つ ある綱をひくと一気に杭が抜けて
天井が落ちてくるしかけ.

裏手は鴨川 当時はよしの葉で埋め尽くされ 廊下の下に隠した階段
で河原に逃げ込めるようになっていました.

池田屋や寺田屋は 正面と裏手とで挟み撃ちにされると逃げ場がない。
その点では 背の高いよしの葉の中でしゃがみこんだら見つけようが
ないうえに 藩邸が近過ぎて襲撃の対象からは外されやすかった
みたいです

それにしても 長き歴史に堪えぬいた建物を守っていくのも大変だろう
なぁ…って実感でした。

************************************************************

1 44 45 46