みちこの幕末日記

   世に生を得るは事を成すにあり。

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明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。画像は倉敷美観地区の中心部に位置する「旅館くらしき」です。江戸時代は砂糖問屋で、1957年に母屋と蔵三連が旅館に改装されました。ここは作家・司馬遼太郎の定宿でした。「街道をゆく」の倉敷編で紹介されています。司馬遼太郎と懇意だった先代の女将さんと、何度もすれ違いました。赤い口紅をきりっと差されて小柄ながらとても迫力がある方でした。

中京区二条木屋町下る一之船入町の「大村益次郎・佐久間象山 遭難の碑」、斜め前に「めなみ」という 料亭があります。ここは、あの近藤正臣さんのご実家です。 以前、テレビを見ていたら、池田屋は自分の敷地だと 豪語されていて、とても頼もしく思っていました。 近藤さんといえば、なぜか平野国臣を思い浮かべます。 幕末の志士を、どこかホウフツとさせる名前ですよね。 それが、やはり、関係があり、近藤さんのご先祖は、 近藤正慎という勤皇の志士でした。清水寺の寺侍であり、 あの月照と共に活動していて、月照が西郷と鹿児島へ脱出した時に 捉えられ、十数日の断食ののち舌を噛み切って自殺。この未亡人に、 清水寺が同情して茶店の営業を許可し、茶店はいつしか「舌きり茶屋」 として有名になり、繁昌したという。 その直系の子孫が近藤さんでした。ご親族には清水焼・人間国宝の 陶芸家もおられるようです。近藤さん、大河ドラマに久しぶりに出てきてくれないでしょうか。

「ザ・戊辰研マガジン2021年12月号 Vol.50」を発刊致しました。

「ザ・戊辰研マガジン」が初めてインターネット上で公開されのが2017年11月7日(火)でした。
当マガジンの発案者は当研究会主宰の星先生。ネットマガジンを作りたいという星先生の要望に応えるべく、右も左もわからない状態で作成に励みました。その熱意が伝わり、記事も集まるようになり、また読者も増えるようになりました。
読者の方からの質問などもあり、読者と記者との繋がりが見られるようにもなりました。

当マガジン、読者を年代別に見ると、60台が35%、50代が23%、70台が20%の比率になっています。若い世代をどう取り込むかがこれからの課題です。読者地域は東京23%、福島19%、神奈川10%、さらに性別では男性80%、女性20%と、男性が圧倒的に多いです。このデータはあくまでも読者登録をされた方のデータであり、登録されないで読まれている方もかなり多くいます。

手探りでの発刊も、どうにかこうにか50回を迎えここまで来ました。
記事を読んでくださる皆さま、記事を書いてくださる皆さまのおかげと感謝しております。
毎月の発刊は大変ですが、さらなる発展のため努力を続けます。

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幕末から明治にかけて活躍した長府藩士、三吉慎蔵の没後120年を記念した展示会が、12日から下関市立歴史博物館で開かれています。

三吉慎蔵は、坂本龍馬や西郷隆盛とも交流があった長府藩士で、明治維新の実現に尽力したほか、のちに宮内省の職員として活躍しました。
展示会は、三吉慎蔵の没後120年を記念して企画され、会場の下関市立歴史博物館にはゆかりの品79点が展示されています。
このうち、坂本龍馬が三吉に送った手紙は、自身に万一のことがあった場合には妻の面倒を見て欲しいと頼む内容で、2人の親交の深さがうかがえます。
また、三吉の刀と脇差は、坂本龍馬が襲撃を受けた「寺田屋事件」の際に、一緒にいた三吉が逃げ延びる際に振るったものだということです。
下関市立歴史博物館の稲益あゆみ学芸員は、「非常に真面目でどんなことにも誠実に対応した人物で、ぜひ県内外の幅広い方に見ていただきたい」と話していました。
展示会は、12日から来月26日まで開かれています。

 

土方歳三を描いた「燃えよ剣」が映画として登場しました。
剣の達人であった土方は、鳥羽伏見の戦いで鉄砲の重要性を知り、これからの戦いの為の砲術を鍛錬、函館戦争、二股口の戦いではその砲術と土方の優れた能力が遺憾なく発揮され、迫り来る新政府軍を退いたのです。
しかし、函館へ攻め入る新政府軍は他ルートからの進路を突破し、土方率いる軍勢も函館五稜郭へ撤退を余儀なくされたのです。

外堀が星の形をした五稜郭、これは日本の北辺防備の拠点として設置された江戸幕府の役所、その中央には箱館奉行所があり、ここが函館戦争の本陣となりました。当初は箱館山の麓に置かれましたが、内陸の地に移転が計画され、元治元年(1864)に作られました。
戊辰戦争最後の戦いとなる箱館戦争の舞台となり、旧幕府脱走軍降伏2年後の明治4年に解体。わずか7年の存在でした。そして平成22年、建築当時の材料・工法を使用し、庁舎の1/3の規模を復元し現在に至っています。

本日、ザ・戊辰研マガジン2021年11月号 Vol.49 を発刊致しました。今月号は数多くの紅葉の画像が投稿されています。出かけることなく紅葉狩りが出来ます。どうぞご鑑賞ください。

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龍馬直筆の「薩長同盟裏書」=手前(高知市の県立坂本龍馬記念館)

龍馬直筆の「薩長同盟裏書」=手前(高知市の県立坂本龍馬記念館)

幕末の京都で締結された薩長同盟を証明するため、坂本龍馬が裏書きした「薩長同盟裏書」の原本の展示が9日、高知市浦戸の高知県立坂本龍馬記念館で始まった。倒幕運動の契機となった歴史的事件を記録した宮内庁所蔵の一級史料で、県内では初展示となる。

同盟は1866年1月、倒幕に動いていた長州藩の桂小五郎(木戸孝允)と薩摩藩の西郷隆盛らが、戦時の派兵など両藩の軍事的協力について取り決めたとされる6カ条の盟約。龍馬や中岡慎太郎ら土佐出身の志士が、対立的立場にあった両藩を仲介して実現した。

桂は盟約の内容を手紙に記し、証明のため会談に同席した龍馬に裏書きを求めた。龍馬は盟約について、朱文字で「西郷、桂、龍らが同席して意見を述べ合ったもので間違いはない」「今後も変わらないことは神様も御存じの所です」という内容を記している。

同館では、「裏書」のレプリカを常設展示しているが、開館30周年を記念して、この原本を含む薩長同盟前後の龍馬直筆の10通を宮内庁から借用。11月21日まで常設展示室で特別展示する。

 また日本人の快挙のニュースが飛び込んできました。真鍋淑郎氏のノーベル物理学賞の受賞。物理学としての日本人の受賞は、最初に受賞した湯川秀樹氏から数えてこれで12人目。気候をテーマに地球温暖化の予測に関する先駆的な研究を続けた業績が評価されました。気候の研究がノーベル物理学賞を受賞するというのは大変珍しいとの事。

物理学賞の中には、ある一定の電圧になると電流が流れる半導体「江崎ダイオード」や、光を放つ半導体「発光ダイオード」など、現代社会に不可欠な存在になった発明があります。私が子供の頃はまだ真空管時代でしたが、学生時代になってようやくトランジスターが出てくるようになり、その後、飛躍的な進歩を遂げ、このようなノーベル賞に繋がる物理の世界が広がりました。

そして今回は、盛んに問題視されている地球温暖化。太陽熱が地球に与える温室効果や、二酸化炭素の濃度による地球の気温上昇、大気の流れと海洋の循環など、これからの地球のために無くてはならない研究が真鍋淑郎氏の研究で成果を上げました。

戊辰戦争研究会は戊辰戦争をテーマにした研究会。戦争のない世界を願い、ひそかにノーベル平和賞をめざして日々努力しているのです。
冗談はさておき、コロナの影響で活動が閉ざされ、元気が出ない当研究会ですが、唯一、元気な戊辰研マガジン!
本日、2021年10月号 Vol.48 を発刊致しました。どうぞご覧ください。

https://boshinken.publishers.fm/

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