みちこの幕末日記

   世に生を得るは事を成すにあり。

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寒いですね、ここ倉敷でも雪が舞っていました。

昨夜の金曜、5日、夜7時30分から、私の居住しております岡山のみ
山田方谷の番組が放送されました。
http://ftown.boo.jp/takahashi/houkoku/
この番組は全国放送をする前に地元の岡山だけのプレゼントだと
思っています。本当に素晴らしい番組でした。
方谷先生役とナレーションの寺田農がやはり上手いです。

見ながら打ち込みました、放送のまとめです。

今、山田方谷見ています。ゲストのインタビューも入って
なかなか力が入っています。さすがNHKです。

備中松山藩、借金が10万両、その利子が1万両、10万両は今のお金
で200億円。
参勤交代の駕篭かきでさえ、備中松山の駕籠は担ぐなと言われた。

農民出身の方谷、破産寸前の備中松山藩をわずか7年ほどで赤字を解消させた。

佐久間象山と江戸で佐藤門下で会うが、方谷はいつも論破していた。

厳しい節約や規則よりも、農民・庶民を慈しみ育てよ、利益は
後から付いてくる。

大阪商人の負債の整理、利子の支払いで苦慮していた。
方谷は大阪に向かい、事実を真摯に語り、商人達の心を動かし、
50年という返済要求を受け入れさせたのです。

良い物を売れば必ず売れる、備中クワの誕生です。

他にも備中という名前を付けて売り出した。
今のブランド物の先駆けです。商品などは、山間の小さな藩で
ありながら外国船の持ち船を買い、大阪ではなく江戸に送った。
今で言うアンテナ・ショップです。売上は評判を呼び
売れに売れました。藩そのものを会社組織に変えたのです。

苦しい時にあえて積極的に打ち出した方谷。

経済を改革した後、いよいよ藩札の信用に挑みます。
膨大に乱発され、価値が下がり続けていました。
残っていた藩札をきっちりと返し今で言うと12億円を返します。
その返済を終えた藩札をみなの前で焼き捨てるのです。
一度信用を失ったものは捨て去るべき、と。
これが全国に広まり、方谷の名前は知れ渡ります。

藩の軍隊も作り上げ、特産品の売上で富国強兵が進められた。
まさにオールマイティの方谷。

能力があればどんどん取り上げて育てた。
自ら死ぬ覚悟でやらないと何もできない。

継之助は最初に出てきて、30分たった今も出ています。
逸話がたくさん紹介されています。

武士の給料を減らし節約を実践、しかし、これが武士達の恨みを買い、
命を狙われ、賄賂をもらっているのかと疑われ、方谷は自分の家計
をガラス張りにして公開していました。セットではない、高梁の旧家か
で収録されているので「臨場感」がたっぷりです。継之助が麦飯を食べて
「義」の教えを方谷から学んでいる場面があります。

商人や農民にも学問を奨励し、寺子屋もたくさん出来ました。全日空の
社長も会社の改革をするに当たって、方谷の本を読んで勉強していると
出ています。強い意志の元、背水の陣で臨まないと構造改革などできな
い、とのこと。7,8年で改革を成し遂げたのは非常に参考になるとのこと。
日本再生の知恵を今、教えてくれるように思います。

継之助は人生で最も充実した日々を送れたと方谷に告げ、真心と痛みを
分かることができたら、物事は上手く運ぶでしょう、との教えを方谷から。
二人でクワ持ち耕す場面で継之助の出番は終わりました。方谷先生の
愛用の大きなヒョウタン(本物)も出てきました。方谷といえども、
妻に二度逃げられたこともあったそう。
全国の志士からの手紙が今も山田家に保存されています。方谷、
吉田松陰の遺体を掘り起こすのを幕府に掛け合いました。

継之助、死ぬ間際に備中松山に行くことがあったら方谷先生に
伝えてくれ、継之助は生涯先生の教えを守ったと、と付き人に
伝えています。涙がでてきまました。

大久保利通は明治政府にと招きましたが、方谷先生は年が寄っ
ているからと断っておられます。明治の大臣になっていたら、
どんな大臣でも、何をしてもできたでしょう、万能の人ですね。
奇跡と呼ばれた方谷の財政改革、150年を経過して再び注目を
浴びようとしています。生涯、義の姿勢を貫き通した方谷、
改革への確かな道を迷っている現在日本に良い手本、日本に
よくあった手本が示されている。弱肉強食のアメリカ流では
なくて、日本にあった改革は方谷にあるのではないか。

貴重な資料も紹介されています。こんな資料はなかなか目
に出来ません。商人や農民にも学問を奨励し、寺子屋もた
くさん出来ました。

番組が終わりましたが、15分ほどの方谷先生の足跡を紹介
しています。高梁高校の石段、先生がよく歩いていた場所
だそうです。高梁の町をゆっくりと紹介しています。

食べ物の最新の値段をいつも知っていた、庶民の暮らしを
よく知っていた。
月一度、方谷会がお墓参りしている様子、盆踊りにも先生
を褒める歌詞が入っている。ここまで、今、現在も地元の
方に親しまれ、うやまれて誇りに思う、大切にされている
方谷先生、藩主さえ、方谷の教えを守り農作業していた。
地元の方谷会の方が貴重なお話をたくさんしておられます。
高梁ではいろいろな視点から
方谷研究がされています。庄屋のネットワークを作り、
農業の情報を得ていた方谷、情報が命の農業をしっかり
把握していた。方谷林公園、高梁を望む小高い丘に作
られています。方谷先生の漢詩の碑があります。方谷
先生は生涯に1500の漢詩を残されました。

人間としての幅の広さが今なお人々に愛されている方谷
先生。高梁、今も方谷が息づく町です。   

ナレーションをできるだけ忠実に打ち込みました。
内容が少しでも味わえましたでしょうか。

* ダビングテープを400円(テープ、送料、封筒代全て込み)
  の実費でお分けします。郵便小為替・郵便振込み・
  銀行振り込み、いずれでも可。

  私までDMを下さい。

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