みちこの幕末日記

   世に生を得るは事を成すにあり。

月別アーカイブ

龍馬の妻、お龍、龍馬亡き後、

西郷さんの紹介で、仲居をしていたという

神奈川県の 田中家(料亭)に友だちが

行きました。

田中家(料亭)のHPです。
http://www.tanakaya1863.co.jp/groop.htm

**********************************************************************

田中家は江戸時代からつづく神奈川宿の旅館で
明治6年から8年まで仲居として勤めていたそうです。

添付の写真は社員旅行で行ったときに撮った写真で
見にくいですが、正面の背の高い女性が「おりょうさん」との説明でした。

なお勤めるきっかけは田中家が長州藩士の常宿で、西郷隆盛の紹介でとのことだそうです。

田中家でのお龍(りょう)伝説
明治八年頃、母と弟に死別して全く孤独な身となってしまった坂本龍馬の妻で
あったお龍は神奈川の田中家(原文は田中屋)という高級料亭の仲居として
働いていたが、深酒に溺れるようになっていて、女将も困っていたらしい。
当時彼女は三十七歳位であった。

この料亭に遊びに来る客で西村松兵衛という男がいたが、彼は横須賀造船所
建設用の資材の回漕業をしていて、度々来るうちにお龍さんと意気投合し、
彼の住んでいる横須賀の地で世帯を持つことになった。入籍は明治八年七月で、
この時お龍さんは西村ツルと名前を変えている。
出典「おりょうさん」追想より(一部改変)/大津観光協会発行

※当時を知る仲居が調査員に語った内容

「おりょうさん」は非常に頭が良く酒を好み、人情深く、客あしらいもうまく、
当時無数にいた仲居の中でも飛び抜けて目立つ存在だったようだ。勉強家で
英語を喋り海外事情にも詳しく話題も豊富な彼女は別格であっただろう。

おりょうはきっぷの良い粋な人であった。泥酔して根っこを生やしてしまった
お客様を帰すのにも活躍していたであろうのは想像に難くない。
田中家を去った後も彼女を知る常連客より「今日はおりょうはどうした?」
という声が長い間聞かれ、当時在籍していた多くの仲居が
「もういないのにナニヨ!」と嫉妬したという話が残っている。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください