みちこの幕末日記

   世に生を得るは事を成すにあり。

月別アーカイブ

屋敷跡pc6310000goc63h84210gosuvvf7310.jpg

画像は、静岡にあります「浮月楼」前にある碑です。

1869(明治2)年、謹慎をとかれた徳川慶喜は、宝台院から駿府紺屋町の元代官屋敷に移り、この地で生活を始めます。女中部屋を含めて12~13室の住居だったといわれています。
屋敷南側には慶喜が作庭師小川治兵衛に命じて造らせた回遊式の池が広がっていました。これが現在の浮月楼の庭園です。
東海道鉄道が開通するのに先だって、1888年3月6日に慶喜は西草深に転居し、転居後、この屋敷は1889年にいったん静岡市が7,000円で払い下げています。
翌年、野崎彦左衛門、尾崎伊兵衛、森作太郎の資産家3人が購入し、のちに料亭として開業しました。しかし、慶喜の住んだ屋敷は1892年の火災で焼失しました。
この紺屋町屋敷での生活以後、慶喜は写真、油絵、狩猟、自転車など多彩な趣味の世界に生きたようです。
往時の風情を味わいながら、こんな料亭でゆっくりしたいものですね。
「浮月楼」

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください