みちこの幕末日記

   世に生を得るは事を成すにあり。

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京都非公開文化財公開に行ってきました。壬生の輪違屋は十年に一度の公開となります。一度も内部見学はしたことはありませんでしたので、今回、拝見できて感動しました。1階には近藤勇書の屏風が、2階には桂小五郎書の掛軸があります。

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輪違屋(わちがいや)とは、現在も営業されている京都の花街、島原の置屋兼お茶屋である。創業は元禄元年(1688年)、置屋として始まる。置屋として創業当時の名は「養花楼」。
お茶屋兼業は明治5年(1872年)より。現在の建物は安政4年(1857年)に再建されたものであり、明治4年(1871年)にほぼ現在の姿となった。かつては芸妓等も抱えていたが、現在は太夫のみを抱え、太夫の教育の場であり、また、宴席の場として営まれている。表に「観覧謝絶」の札がある(いわゆる「一見さんおことわり」の店である)。

太夫道中に使われる傘を襖に貼り込んだ「傘の間」、本物の紅葉を使って型取りしたうえに彩色した壁が使われた「紅葉の間」が特徴的である。いずれももともとは当主の部屋であった。傘の間の傘には「高」(正確には髙島屋のマークの
「高」の字体と同じ)の文字が入っているがこれは当主の姓が「高橋」だったということに由来する。

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